50年前の調査票発見 生活苦、平和への声生々と – 毎日新聞

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 被爆証言誌を発行する長崎の市民団体などが約半世紀前に実施した、被爆者実態調査の約150人分の調査票(回答)が長崎市内で見つかった。原爆投下から25年後に被爆者が訴える生活の苦しさ、平和を求める声などが記録されており、証言誌を発行している「長崎の証言の会」の森口貢事務局長(82)は「50年前の被爆者の生活や思いが分かる資料だ。中身を分析し、データベース化して後世に残したい」と話している。

 森口さんによると、調査は70年に「長崎の証言刊行委員会」(71年に長崎の証言の会に改称)が、被爆者団体「長崎原爆被災者協議会」の協力を得て実施した。その時に集まった169人分の調査票のうち153人分を、刊行委の中心メンバーだった鎌田定夫さん(故人)の自宅で資料を整理していた森口さんが9月までに確認した。

 当時、67年に厚生省が発表した「被爆者と国民一般の間で、血液の異常、血圧値に差異はなく、生活に著しい格差はない」などとする「原爆白書」に被爆者から批判が出ており、「自らの手で白書を」という機運が高まっていた。68年に有志による実態調査が実施され、69年に会が証言誌を創刊。70年の調査は2回目の位置付けだった。

 調査は、長崎市内に居住する被爆者や原爆養護ホーム、病院などを訪問し、健康状態、住居などの生活実態、就職や進学時の支障の有無などを尋ねた。米国の医師が中心となって設けたABCC(原爆傷害調査委員会、現放射線影響研究所)に対する意見や生活、健康、平和に対する要求も聞いている。

 70年発行の証言誌に掲載された調査結果は、8割を超える137人が健康状態を「不良」と答え、「良好」は9人にとどまった。記述欄には、「私たちは家族とも離れ毎日苦しみ本当に悲しい毎日を過しております」(入院中の55歳女性)、「最低生活で見かねて時々親せきが補助してくれる」(86歳男性)、「原爆孤老の対策を充実して頂きたい」(71歳女性)といった切実な声が目立つ。

 市井に暮らす被爆者が中心だが、日本原水爆被害者団体協議会の代表委員を務めた山口仙二さんや谷口稜曄(すみてる)さん(いずれも故人)らの調査票もある。2人はABCCが長崎から出て行くよう求めていた。

 また、当時はソ連の核実験への対応を巡り原水爆禁止運動が分裂していたほか、ベトナム戦争が泥沼化していた。運動統一を熱望する意見があったり、「戦争絶対反対」と大きく書かれていたりするなど、当時の社会情勢を反映したものも複数あった。森口さんは「会の創成期の活動を伝える大事な資料だ。来年の発行50年に合わせて展示し、今後さらなる資料も探したい」と話している。【加藤小夜】






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